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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)147号 判決

原告 内野澄子

〈ほか二名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 龍博

被告 東京都目黒区建築主事 薄井武則

右指定代理人 秋山松壽

〈ほか三名〉

主文

一  本件各訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年八月一四日付けで朝日建物株式会社及び日新建設株式会社に対してした昭和五九年九月六日第四三七号をもって確認された建築物についての検査済証の交付処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨。

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (原告らの地位)

原告内野澄子は、東京都目黒区三田二丁目一番二三、宅地七一九・〇四平方メートルの土地の所有者であり、かつ同土地上の建物である同所一番地三、家屋番号三番、居宅、木造瓦葺二階建床面積一階二〇二・二四平方メートル、二階七〇・四一平方メートル、附属建物附号1物置木造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建床面積一一・五七平方メートルの所有者であった。

原告内野澄子は、昭和一二年から肩書住所地に、原告内野雅之、同栄子は、同所で出生して以来同所に居住している。

2  (処分の存在)

(一) 朝日建物株式会社及び日新建設株式会社(以下「建築主ら」という。)は、昭和六〇年八月一〇日被告に対して、建築基準法(以下「法」という。)七条一項の規定に基づき次の(二)の建築物の工事の完了の届出(以下「本件届出」という。)をした。

(二) 本件届出に係る建築物(以下「本件建築物」という。)の概要は次のとおりであった。

1 建築主 朝日建物株式会社、日新建設株式会社

2 敷地の所在 東京都目黒区三田二丁目一番一九号、同所同番二〇号、同所同番一六四号(以下「本件敷地」という。)

3  地域・地区 第二種住居専用地域、準防火地域、第二種高度地区、日影規制(一)地区、建ぺい率六〇パーセント(法定建ぺい率七〇パーセント)、容積率二〇〇パーセント地区

4  構造 鉄筋コンクリート造

5  階数 地下一階地上四階建

6  主要用途 共同住宅

7  敷地面積 七九二・〇三平方メートル

8  建築面積 五二〇・九一平方メートル

9  延べ面積 一七六二・七九平方メートル(このうち、駐車場面積一九九・三九平方メートル)

10  最高の高さ 一二・四三五メートル

(三) 被告は、本件届出に基づき昭和六〇年八月一四日付けで本件建築物の検査済証の交付(以下「本件交付処分」という。)をした。

3 (不服の範囲)《省略》

4 (原告適格)

本件交付処分が法五六条の二及び日影条例に違反する結果、日影平均地盤面が本来の正しいものより一・〇七五メートル高くなっており、これにより、原告らのプライバシー、日照権、眺望権が侵害されている。

また、本件交付処分が安全条例四条の二に違反する結果、本件建築物の接する道路の幅員が正しいものより狭いものとなっており、したがって、本件建築物の使用により火災が発生した場合に、消火活動に支障をきたし、原告らの生命、財産に危険がおよぶ可能性がある。

更に、本件交付処分が法六二条に違反する結果、本件建築物の防火設備が不完全なものとなっており、したがって、本件建築物の使用により火災の発生の危険が増すとともに原告らの所有、居住する建物に延焼の危険が生じ、原告らの生命、財産に危険がおよぶ可能性がある。

5 (不服審査前置)

本件交付処分の取消訴訟は、本件建築物についての確認処分の取消訴訟と、原告らが不服とする内容が同一であって、紛争の実質が同一であるところ、原告らは、右確認処分に対し適法に審査請求をし、東京都目黒区建築審査会は、昭和六〇年五月八日、それを棄却しており、仮に、原告らが本件交付処分に対し審査請求をしてみても、無意味で結果が予想できるので、本件交付処分につき不服審査手続を経ないことに正当な理由がある。

よって、本件交付処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

1  原告らが原告適格を基礎づけるものとして主張する日照被害、プライバシー侵害、眺望権侵害、延焼のおそれ等に係る利益は、検査済証の交付の根拠法規よって保護の対象とされているものではないから、このような利益侵害のおそれをもって、本件交付処分の取消訴訟の原告適格を基礎づける法律上の利益を構成するものということはできない。

また、原告らが主張する右の被害は、抽象的、一般的なものであって、具体的、個別的なものではないから、この点においても、原告らに本件交付処分の取消訴訟の原告適格はない。

2  検査済証の交付に伴う法的効果は、それを受けなければ建築物の使用をできないということに尽きるものであり、その取消しにより、違法とされる当該建築物の全部又は一部の存在自体を解消させるべきなんらの法的効果が生ずるものではない。原告らの主張する日照被害、プライバシー侵害、眺望権侵害、延焼のおそれ等は、いずれも本件建築物が存在すること自体によるものであって、本件建築物が使用されることによるものということはできないから、原告らに本件交付処分の取消しを求める法律上の利益はない。

三  被告の本案前の主張に対する反論

被告は、本件建築物が完成し、存在している以上、本件交付処分の取消しを求める利益がないとしている。しかしながら、プライバシー侵害、延焼のおそれは、本件建築物の使用により生ずるものであり、日照被害、眺望権侵害は、本件建築物が使用されないことにより違反部分の取壊し是正が容易になり、いずれにせよ、本件交付処分が取り消され、本件建築物が使用できないことになることは、本件の訴えの利益を肯定する根拠となることは明らかである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の各事実は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3ないし5は争う。

五  抗弁

1  本件交付処分の適法性全般

被告は、本件届出が法七条三項の当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合していたので、本件交付処分をしたものであり、右処分は適法である。

2  原告ら主張の不服事項(請求原因3)について《省略》

六  原告らの認否及び反論《省略》

第三証拠《省略》

理由

一  本件建築物の建築工事が完了し、建築主らの届出に基づき、本件建築物につき建築主らに対し本件交付処分がされたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件交付処分の取消しの訴えの利益について判断する。

法七条三項の検査済証は、建築主事又はその委任を受けた吏員が同法六条一項の建築等の工事が完了した建築物及びその敷地が法六条一項の法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合しているかどうかを検査し、適合していると認められる場合に交付されるものであり、同法六条一項一号ないし三号の建築物(以下「法定建築物」という。)の新築の場合についていえば、建築主は、同法七条の三第一項一、二号に当たる場合を除き、検査済証の交付を受けた後でなければ当該新築に係る建築物を使用し、又は使用させてはならないものとされている(同条一項)。そして、同法九条一項によれば、特定行政庁は、法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反した建築物又は建築物の敷地については、建築主等に対し、当該建築物の使用禁止、使用制限を含む違反是正命令を発することができるとされている。右に述べたところによると、検査済証の交付は、建築等の工事が完了した建築物及びその敷地が建築関係法規に適合していることを公権的に判断する行為であって、法定建築物の新築の場合にあっては、それを受けなければ、原則として当該建築物の使用を開始することができないという法的効果が付与されているものということができる。しかしながら、法は、当該建築物の使用が開始された後においては、たとえその使用の開始がそもそも違法な場合であったとしても、その使用を禁止し、又は制限するには、専ら右の違反是正命令によりこれを是正することとしているものであると解するのが相当である。そして、検査済証の交付の存在は、右の違反是正命令を発するうえで法的障害となるものではなく、検査済証の交付が違法であるとして判決でこれを取り消してみても、右の違反是正命令を発すべき法的拘束力が生ずるものでない。

したがって、検査済証の交付は、せいぜいそれを受けなければ、当該建築物の使用を開始することができないという法的効果を付与されているにすぎず、それを受けなかったからといって、一旦開始された使用につき、その継続を許さないとする法的効果までをも有するとはいえないものであって、当該建築物の使用が開始された後においては、検査済証の交付の取消しを求める訴えの利益は失われるものというべきである。

本件についてこれをみるに、弁論の全趣旨によれば、本件建築物が新築に係る法定建築物であること、本件建築物の使用が開始されていることが認められるから、原告らにおいて本件交付処分の取消しを求める訴えの利益は失われたものというほかない。

三  よって、その余の点につき判断するまでもなく、本件各訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 太田幸男 塚本伊平)

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